〜2021年秋号ニュースレター③〜

丸の内クリスチャンの歴史

皆さん、丸ノ内にはキリスト教が影響を与えた歴史がある事をご存知ですか。今回のニュースレターでは、丸ノ内における素晴らしい神様のストーリーをいくつかご紹介させていただきます。

その① 江戸時代:東京駅八重洲北口近辺で発見されたクリスチャンの墓!
2000年に東京駅の北東側に様々な新しいビルが建設されました。これらのビル建設の基礎工事の際に驚くべきものが発掘されました。1590-1605 年あたり当時の江戸城の外堀にあったと思われるクリスチャンの墓です!!東京における最も古いクリスチャンの墓が発見され、それが丸の内にあったことは驚くべき事です。棺の中の個人の骨はアジア人(恐らく日本人)の特徴があり、ヨーロッパからの宣教師ではない事が分かっています。江戸幕府の御膝元で、江戸キリシタンが信仰を守っていた証に現代の私たちも励まされますね。
参考文献:今野春樹 著「キリシタン考古学:キリシタン遺跡を掘る」

その② 大正時代:丸の内近郊での内村鑑三の伝道活動 (1919-23) 自身の経歴の最高潮! @丸の内の日本衛生会館
内村鑑三(1861-1930)は大正時代に活躍したキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者で福音主義信仰を持った人物です。1918 年春〜1919 年春の間に、再臨運動という活動を行い日本のキリスト教界に大きな影響を与えました。内村鑑三が毎週の講義の場所として 1919 年から 1923 年に使用した講堂は、所有者の「医学との関連」により「衛生会講堂」と名付けられていました。内村はこれら4年間に毎週丸の内での壮大な会場で行った講義を自身の経歴の最高潮だとしています。毎週の講義には約600人が出席し、中にはクリスチャンでない方も多く含まれており、ローマ書、ヨブ記、ダニエル書、福音書、を中心とした説教を聞きに多くの人が集まったようです。内村は、『ようやく福音が丸の内にも届いた、そして私たちはその先駆者としての誉れに預かっている!』と歓喜したと書かれています。
参考文献:J.F.ハウズ著「近代日本の預言者」 

大正時代にこの丸ノ内で沢山の人々に聖書が語られていた事、神様の摂理を感じますね。

大日本衛生会講堂

その③ 戦後 -昭和時代: 丸の内の明治安田生命における聖書研究会(1946-52, 1954-2019)
第二次世界大戦終戦に伴い、日本では聖書に対する興味が高まりました。その一つが、丸の内の明治安田生命の若者たちの聖書勉強会です。1957年に、会社の中での「自主的なサークル活動」として聖書勉強会を形成、1959年8月に日本基督教団の牧師である木村知己牧師が会の助けをするようになり、当時の会員数は14-16人ほどいたそうです。昼食時には「自主的活動」として讃美歌の練習や聖書朗読を行い、月に1度木村牧師を招き彼が終業後の聖書研究会を導いていました。この会は2018年12月までなんと62年6カ月という長い月日の間、継続されました。昭和初期の丸の内にも、強い信仰を持った丸ノ内サラリーマンが集い、励ましあっていた事に感動を覚えますね。

さらに詳しく丸ノ内のクリスチャンの歴史を知りたい方は、丸ノ内のキリスト教について研究をしている当団体の代表リチャーズ・ティエリまでお問い合わせ下さい。

これらの歴史は現代に生きる私たちにとって、素晴らしい励ましです。そして、これからも神様のストーリーは続きます。クリスチャンの先人たちからの信仰のバトンを受け継ぎ、同じ全能の神に祈り、信頼していきましょう。

ローマ書1章14~16節:「14私は、ギリシア人にも未開の人にも、知識のある人にも知識のない人にも、負い目のある者です。15ですから私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。16私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。」